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ジョルジ・ベンのエチオピア

Jorge Ben from Ethiopia


ジョルジ・ベンは、ブラジル音楽界最大のスターだが、日本では76年の『アフリカ・ブラジル』というアルバムをとおして知られているにすぎない。残念ながら、『アフリカ・ブラジル』だけを聴いて彼の音楽に接するかぎり、ジョルジ・ベンにとっての「アフリカ」が何を意味するのかを十分には理解できない。まずは彼のルーツがエチオピアであることを知る必要がある。つまり彼は、多くの奴隷たちが新大陸へと運ばれた西アフリカではなく、むしろアジアの文化にも関わりの深い東アフリカにルーツをもったミュージシャンなのである。
『アフリカ・ブラジル』の世界を知るためには、すくなくとも、その前2作にまで遡って聴くべきだろう。なぜなら、74年の『エメラルドの碑文』、75年の『孔雀のはばたき』、76年の『アフリカ・ブラジル』は、いわば三部作としての性格をもつからである。そうでなければ、なぜ『アフリカ・ブラジル』のなかに「タジ・マハール」や「ヘルメス・トリスメギストス」のような曲が含まれるのかが分からない。むしろ74年の『エメラルドの碑文』をひとつの「極」として見ることで、ジョルジ・ベンの音楽性が、はじめて遠大な射程と深みをもって視野に入ってくるだろう。




1974
エメラルドの碑文
A Tábua De Esmeralda

錬金術師たちが来る
花柄のネクタイの男
エッラーレ・フーマーヌム・エスト
黒い肌の少女
俺は応援する
マグノーリア
君を征服するための武器
ズンビー
ブラザー
未亡人のボーイ・フレンド
ヘルメス・トリスメギストスとエメラルドの碑文
5分




1975
孔雀のはばたき
Solta o Pavão

ザゲイロ
聖トマス・アクィナスは言った
我らの偉大なる主よ
ドロシー
ブルドッグに気をつけろ
ラジオをお聞き
万才!王様がお着きになった
カッパドキアの聖ゲオルギオス
シ・シグーラ・マランドロ
ドミンガスとふたりで
奇蹟の光
ジェスラーダへの讃歌




1976
アフリカ・ブラジル
África Brasil

ポンタ・ヂ・ランサ・アフリカーノ(ウンババラウマ)
ヘルメス・トリスメギストスは書いた
哲学
私の子どもたち、私の宝
オ・プレベウ
タジ・マハール
シカ・ダ・シルヴァ
ジョルジの物語
カーヴィアの10番
白馬の騎士
アフリカ・ブラジル


※邦題は公式発売時のものと異なります。


【ジョルジ・ベンにとって「アフリカ」とは何か】

ジョルジ・ベン(ジョルジ・ベンジョール)は、まぎれもないブラジル音楽史上のスーパースターだが、日本ではほぼ『アフリカ・ブラジル』という76年のアルバムをとおしてのみ知られているにすぎない。

残念ながら、『アフリカ・ブラジル』だけを聴いて彼の音楽に接するかぎり、ジョルジ・ベンにとっての「アフリカ」が、いったい何を意味するのかを理解することはできない。のみならず、音楽的な意味でも、そこからは、せいぜい「ブラジリアン・ファンク/サンバ・ホッキの偉人」とか「マシュケ・ナダの生みの親」といった形容しか出てこないことは目に見えている。事実、およそ半世紀ものあいだ、日本におけるジョルジ・ベンをめぐる評価や論調は、その域を出なかった。

ジョルジ・ベンにとっての「アフリカ」が何であるかを知るためには、まず彼のルーツがエチオピアである事実に目を向ける必要がある。

人類発祥の地としても、またコーヒーの原産地としても知られるエチオピア。ナイル川を通じてエジプトや地中海に繋がり、また紅海をはさんでアラビア半島にも向き合っているエチオピア。
実際のエチオピアは、ナイル川上流の困難な水運よりも、むしろ海運によってアラビア半島や地中海世界と交流し、さらにはインド洋を介してアジアの文化へと結ばれてきた。旧約聖書の伝説によれば、かつてこの地を治めたシバの女王は、イスラエルのソロモン王と友好を結んだという。そしてシバとソロモン両者の血筋に連なる古代アクスム王国は、紅海をはさんでイエメンとエチオピアにまたがる世界を支配し、この文化の十字路において1000年の繁栄を謳歌したのである。

ジョルジ・ベンは、多くの奴隷たちが新大陸へと運ばれた西アフリカではなく、アジアの文化とも関わりの深い東アフリカにルーツをもったミュージシャンである。したがって音楽的にいうならば、フェラ・クティやサリフ・ケイタやティナ・リウェンではなく、むしろムラトゥ・アスタトゥケなどとの近親性のほうが考慮されるべきであろう。

もちろんジョルジ・ベンにとっての「アフリカ」は、一面では60年代米国の公民権運動やブラック・ムスリムに連なる面を否定できない。たとえば『Negro É Lindo』のなかでモハメド・アリについて歌った「カシアス・マーセラス・クレイ」や、『Gil e Jorge』のなかでインド・イスラーム文化を讃えた「タジ・マハール」は、そうした文脈において聴かれるべき楽曲ともいえる。また、ブラジルの奴隷制度と戦ったズンビ・ドス・パルマーレスやチカ・ダ・シルバの伝説について歌った楽曲についても、同様のことがいえるだろう。
しかし他方で、ジョルジにとっての「アフリカ」とは、彼のルーツであるエチオピアの文化的起源をたどる試みから表出されるものでもある。


【三部作の謎】

音楽評論家の中村とうようは、79年の「ニューミュージックマガジン」誌における年間ベスト10の一枚としてジョルジ・ベンの『アフリカ・ブラジル』を選んだ際に、わざわざ次のような弁解をしている。

厳選して拾い出したのが13枚になった。その中に、ジョルジ・ベンが『アフリカ・ブラジル』と『孔雀のはばたき』と2枚あって、どちらもすごくいいので迷った。本誌に98点つけた責任をとって前者にしたが、本当は『孔雀…』のほうがいいんじゃないかという気もしている。

中村とうようが、『アフリカ・ブラジル』以上に、その前作にあたる75年の『孔雀のはばたき』の価値を察知していたことは重要である。中村は、ポピュラー音楽の時代性や商業性といった表層的な部分のみならず、たえずその歴史性を敏感に意識して、民俗学的・文化人類学的な考察をくわえることのできた評論家であった。おそらく中村は、『孔雀のはばたき』にこそ、ジョルジ・ベンの音楽を知るうえでの核心が潜んでいると見たのだろう。

当時は、この前後のジョルジ・ベンのアルバムがまとめて国内でも発売された。だが、残念なことに、その後の日本の市場においても、またジャーナリズムにおいても、『アフリカ・ブラジル』以外の作品が評価の対象になることはほとんどなかった。おそらく多くの人々は、たとえば『孔雀のはばたき』のジャケットに描かれた宗教画のようなデザインを目にして、およそブラジリアン・ファンクの先入観にそぐわない異様な雰囲気を感じ、はなからジョルジ・ベンらしからぬ作品として敬遠してきたのだろう。

ところで本稿では、中村とうようが称賛した『孔雀のはばたき』もさることながら、さらにその前作にまで遡って74年の『エメラルドの碑文』(かつては『エメラルドの記念碑』という邦題で発売された)から掘り起こして言及することにしたい。これもまた宗教画のような謎めいたデザインが施されている作品である。サウンド的にはレゲエやダブの影響を感じさせるものの、ジョルジ・ベンらしいダンサブルな陽気さからは程遠い、きわめて神秘的かつ思索的な内容といえる。しかし、あえていうならば、これこそがジョルジ・ベンの最高傑作の名にふさわしいのだ。

じつは、74年の『エメラルドの碑文』と、75年の『孔雀のはばたき』と、76年の『アフリカ・ブラジル』は、いわば三部作としてとらえるべき内容のものである。そうでなければ、なぜ『アフリカ・ブラジル』のなかに「タジ・マハール」や「ヘルメス・トリスメギストス」のような曲が含まれるのかを理解できないだろう。いいかえれば、74年の『エメラルドの碑文』をひとつの「極」として見たときにこそ、はじめてジョルジ・ベンの音楽性が、その遠大な射程と深みをもって視野に入ってくるのである。


【傑作『エメラルドの碑文』】

ちなみに、Rolling Stone Brasil 誌が2007年に選出した「100 Greatest Brazilian Music Records」のランキングにおいて、この『エメラルドの碑文』は総合の6位に選ばれている。つまり、この作品は、国内外の市場の反応や日本のジャーナリズムの評価とは裏腹に、本国の専門家のあいだではブラジルロック史における屈指の傑作と見なされているのであり、その圧倒的な評価は『アフリカ・ブラジル』をも上回っている。
(参考までに、上位10作は以下のとおり。ちなみにカエターノ・ヴェローゾの作品のうち、日本で評価されることの少ない『トランザ』が、20位のガル・コスタの作品とともに選ばれている点にも注目すべきだが、それについては機会をあらためて考察したい。)

1  Acabou Chorare/Novos Baianos
2  Tropicalia ou Panis et Circencis/V.A.
3  Construção/Chico Buarque
4  Chega de Saudade/João Gilberto
5  Secos & Molhados/Secos & Molhados
6  A Tábua de Esmeralda/Jorge Ben
7  Clube da Esquina/Milton Nascimento & Lô Borges 
8  Cartola/Cartola
9  Os Mutantes/Os Mutantes
10 Transa/Caetano Veloso

1972
1968
1971
1959
1973
1974
1972
1976
1968
1972
  


こうした評価のありかたは、たとえばビーチボーイズの『ペット・サウンズ』の評価のされ方にも似ている。
『ペット・サウンズ』は、従来のいわゆるサーフィン&ホットロッドのカテゴリーにそぐわない雰囲気をたたえていたため、発売当初はほとんど理解されなかった。その思索的かつ神秘的な世界が本格的に評価されるようになったのは90年代以降であるが、いまとなってはロック史における最上級の評価が揺るがぬものになっている。
そしてブライアン・ウィルソンとビーチボーイズの広く深い音楽性も、この『ペット・サウンズ』をひとつの「極」として見たときにこそ、ようやく人々の視野に入ってきたといえるのだ。


【エノクの教え】

さて、ジョルジ・ベンにとっての「アフリカ」を知るためには、彼のルーツであるエチオピアの文化について知らなければならない。
とりわけ、その社会と文化を規定している特異な宗教について知る必要があるだろう。

エチオピアの宗教は、旧約聖書の外典である「エノク書」にもとづくエチオピア正教である。イスラム教が優勢であるはずの北アフリカにおいて、いまだにキリスト教が信仰されているのは例外的である。エチオピア人は、古代からおよそ2000年近くにわたって、このエノクの教えを守ってきた。

エチオピアに古代キリスト教をもたらした賢人エノクとは、かつてメソポタミアにおいて知恵と技能を司っていたエンキ神が、エジプトにおいてトート神となり、あるいはギリシアにおいてヘルメス神と姿を変え、さらにはヤハウェのみを唯一神とするヘブライズムのなかで神格を奪われて人格化したものだといわれている。(彼らが司った知恵と技能とは、すなわち錬金術である。)

エノクは、旧約聖書のノアやモーゼと同様に、いわば「超人」として天上界と地上界を往来し、結果的には東アフリカのエチオピアにまでヘブライ思想を伝えたといえる。もっとも、あくまで現実の話をすれば、エチオピアの民族がもともとヘブライやアラブの民族と近親的な関係にあったために、古代においてヘブライズムがエチオピアでも受容されたと見るべきだろう。それどころか、本来はメッカを含む紅海沿岸の一帯こそが、創世記など啓典神話の舞台だったとさえ考えられるのだ。
7世紀以降には、向かい側のアラビア半島でイスラム教が勢力を強めたが、それでもエチオピアだけは北アフリカで唯一イスラム化されることなく、現在にいたるまで、もはやカトリックともギリシア正教とも異質な古代キリスト教の信仰を守りつづけている。『旧約聖書』の十戒を刻んだ石板を、それを収めた契約の箱(すなわち聖櫃=失われたアーク)ともに保管していると主張して、これを崇敬しつづけているのも、いまやエチオピア正教会だけである。


【エメラルド・タブレット】

ジョルジ・ベンの『エメラルドの碑文』は、いわゆるエメラルド・タブレット(緑玉板)を題材とした作品である。

エメラルド・タブレットとは、ヘレニズム時代エジプトにおける錬金術思想を記したとされる伝説上の石板のことだが、とうに現存はしていない。12世紀ルネサンス(大翻訳)の時代になり、その碑文の内容だけが、アラビア語からラテン語に訳され、西ヨーロッパへともたらされた。

このエメラルドの碑文に象徴される東方の錬金術の思想や技術は、のちに近代科学の礎となっていった(たとえば万有引力の発見で知られるニュートンも錬金術に学んだ)。そして、それ以外にも、この大翻訳の時代に東方からもたらされた文化は、その後の西欧世界に大きなインパクトを与えた。

たとえば、ビザンツやアラビアから再導入された古代ギリシアの哲学は、トマス・アクィナスによってキリスト教神学と結びつけられて、いわゆる「スコラ哲学」を完成させた。
さらには、かつてアレキサンダー大王がオリエントからギリシアへ持ち帰ったという美しい孔雀の伝説も、あるいは、カッパドキアからグルジアへ向かう小アジアで活躍したゲオルギオスのキリスト教伝播物語も、この時代になって西ヨーロッパへもたらされたのであり、ゲオルギオスにいたっては、大天使ミカエルに並び称される聖人となって天上へ飛び立ってしまった。

なお、美しい白馬の騎士であった聖ゲオルギオスは、「グルジア」や「ジョージア」といった地名の由来だとも信じられており(ついでにいえば、カッパドキアの語源は「美しい馬の地」を意味するペルシア語)、「ジョージ」や「ジョルジ」といった人名もまた、この聖人に因んでいる場合が多いようだ。

…話をエメラルド・タブレットに戻そう。
この石板に刻まれた錬金術思想の碑文は、賢人ヘルメス・トリスメギストスによって刻まれたものものと伝えられる。
先述したとおり、メソポタミアのエンキ神は、エジプトにおいてトート神と名を変え、さらにギリシアにおいてヘルメス神と名を変えた。こうした歴史の変遷こそが「ヘルメス・トリスメギストス(三重にも偉大なるヘルメス)」という称号に刻印されている。もちろん、それは賢人エノクの別名であるともいえる。つまり、この称号のなかには、オリエントとヘレニズムの世界でそれぞれの民族信仰へと習合した、知恵と技能を司る神々の系譜が記憶されているのだ。

エメラルドの碑文の起源と、それを刻んだヘルメス・トリスメギストスの思想について知ることは、とりもなおさずエチオピアに伝わるエノクの教えの真実に迫ることと同義である。そしてそのことが、メソポタミアもしくはペルシアにまでいたる思索の旅へと、ジョルジ・ベンの音楽をいざなうことに繋がったといえる。
74年の傑作『エメラルドの碑文』とその後の三部作において、ジョルジ・ベンの視線は、東方オリエント世界へ向かっていたのだ。


【タジ・マハール】

いうまでもないことだが、ジョルジ・ベンの代表曲「タジ・マハール」とは、インド北部アーグラにあるインド・イスラーム建築(タージ・マハル)のことを意味している。しかし何故、エチオピアにルーツをもつジョルジ・ベンが、インドのイスラム宮殿について歌う必要があるのだろうか?それはたんにブラック・ムスリムの影響なのだろうか?

タージ・マハルは、実際には宮殿ではなく、ムガル帝国の第5代皇帝シャー・ジャハーンが、1631年(ヒジュラ暦では1040年)に死去した愛妻ムムターズ・マハルのために建てた墓廟である。このムムターズ・マハルという女性は、もともとペルシア系であった。彼女の祖父は、ペルシアのサファヴィー王朝一族につらなる貴族であり、彼らはサファヴィー朝の衰退にあたってインドのムガル帝国へ亡命していたのである。

もともとサファヴィー朝ペルシアは、スーフィズムにもとづくイスラム国家であった。

イスラム教スーフィズムの起源といえば、古代キリスト教におけるグノーシス派であり、さらに遡ればオリエントやヘレニズム世界の神秘主義思想にまで辿りつく(それらの原点は、ペルシアのゾロアスター教ともいわれる)。それこそは、エメラルド・タブレットの錬金術思想と同じ起源をもつものだ。

シリアに誕生したキリスト教は、それが地中海世界全域へと受容される過程において、東方世界に由来する神秘主義的な要素をことごとく「異端」であると見なして排除した。そうした異端の中心だったのがグノーシス派である。グノーシス派のなかには、かつてオリエントやヘレニズム世界において発展した思想や、ゾロアスター教に息づいていた思想までもが受け継がれていた。
とりわけカトリック教会は、まるで白馬に乗った聖ゲオルギオスが竜を退治したときのように、これらの東方的思想を片っ端から「異端」として斥けてしまった。先述した12世紀ルネサンスによって目覚めるまで、彼らは、アレキサンダー大王が東方からもたらした孔雀でさえも、不吉な鳥と見なして忌避してしまったのである。

だが、キリスト教社会で異端視された東方的思想は、8世紀以降のアッバース朝ルネサンスにおける(イスラム側の)大翻訳運動のなかでイスラム教のなかへと吸収され、結果としてスーフィズムを形成するに至った。それはやがて、サファヴィー王朝を介してインドにまで到達し、愛するペルシア人の王妃を祈念する白亜の宮殿へと姿を変えたのである。

ジョルジ・ベンの「タジ・マハール」は、その輝きについて歌っている。


【東西をつなぐユニバーサリズム】

少年時代のジョルジ・ベンは、リオ・デ・ジャネイロのの聖歌隊で活動していたという。

しかし、『エメラルドの碑文』にはじまる三部作を聴くかぎり、彼は、もはやブラジルのカトリック信仰をはるかに超えて、米国のブラック・ムスリム、エチオピアの正教会、さらにはインドにまで達した東方神秘主義思想をつなぎ、それらをとおして真にユニバーサルな知恵の世界へ辿り着こうとしていたように見える。

そして、そのための試みこそは、ジョルジの先祖たちがエチオピアで守った「エノクの教え」の真実を知るために、はるか東方へと向かう思索の旅だったのである。


※神話や歴史の解釈には諸説あります。


関連項目
ジョルジ・ベン ディスコグラフィ
サンバ・ホッキ
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